2012年01月03日
エンマコオロギ告別の儀

★になったエンマコオロギを飼育ケースのそばに置き、お別れだよと兄弟たちに声をかけました。
しばらくして、兄弟たちが亡骸をじっと見つめていることに気づきました。少し前まで飼育ケースの中で虫の息だったこの亡骸。触れて動きを確かめて、まだ生きていることを知っていたはずです。今はケースの外の兄弟の様子を、ただじっと見つめるだけです。
匂いや味に対する感覚器を発達させた昆虫ですが、直接触れなくても状況がわかるほどの視力が、もしかしたら複眼にもあるのかもしれません。また、複眼以外の未知の器官による何かがあるのかもしれません。
昆虫は、少なくてもこのときのエンマコオロギは、兄弟の死を感じ取ったはずです。


エンマコオロギ告別の儀

兄弟の死を知った個体は3匹です。このあと、なぜか全員がまっすぐ餌場に向かって食事を始めました。1匹はキャベツ、2匹は主食です。
この意味ありげな行動を目の当たりにして、昆虫たちも常に何かを考えながら行動しているんだということを改めて感じました。
声帯が震えることも無く、顔の筋肉も緩むことも無い昆虫ですが、だからと言って何も考えていないと結論づけることはあまりにも不自然だと思うわけです。
飼育環境下における一方的な愛情も、時に相手は不快に感じているかもしれません。昆虫が常に何かを感じながら生きているのなら、一方的な押し付けではなく、そこに対話を持ち込めば次の次元での飼育が、もしかしたら成立するのかもしれません。
もちろんこれは昆虫に限ったことではなく、犬や猫はもちろん、植物に至るまで言える事ではないかなと思うわけです。差はあります。知能や能力には大きな差がありますが、決して相手がゼロではないと信じています。
posted by ぁぃ♂ | 岩手 ☀ | Comment(3) | エンマコオロギ〜2011年 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うーーーーん
ドラマ です

大好きです。(^.^)
私も、横で見ていたかったぁ  と思います。
同じ行動でも、見る人・感じる人によって、心が生まれてくるような気がします。
  いえ   心があるのですね
心柔らかな、人間でいたいです 
      感じ取れるように いつも



Posted by はらペコぁぃ at 2012年01月03日 17:20
気づかず危篤記事にもコメしちゃいました;
失礼しました;

コオロギ、亡くなりましたか・・・・
いや〜、でもこんなことがあるとは。
深く考えさせられますね・・・
(コオロギが死んで仲間がいたらそのまま仲間に食べさせてリサイクルしてたなんて口が裂けても言えない・・・)

虫にも考えなどはあるでしょう。
もしかしたら、人間よりもより高度に。
もしくはもっと原始的なのかも。
そこはもう人間の考察では考えられないかもしれません。
もしかしたらITだのMRIだのが進化してわかるようになるのかもしれませんが・・・
まだまだずっと先の話ですね。
それまでに人間が絶滅してないか心配ですw
Posted by ムツギアリ at 2012年01月03日 23:47
>はらペコぁぃさん
メルヘンとかロマンとか涙を呼ぶお話とかではなく、目の前にある普通の出来事が事実であるだけですw
人間は特別な生き物でもなく、昆虫もまた同じです。ただ、差があるだけなんですな。
この差を人間はとんでもなく大きく見積もってしまいがちですが、実際はそうでもなかったりします(^O^)

>ムツギアリさん
リサイクルは飼育上ありえることだと思います。自分はしませんがw
虫の考えは、たぶんすごく原始的なのだと思います。また、その分純粋なものではないのかなとも思っています。
喜怒哀楽の感情はあるにしても、それを表現する方法の数があまり無いのかもしれません。
テレパのようなものをキャッチできるセンサーが開発されれば、それがわかってくると思います。
絶滅はしませんよw 世代が変わるだけです。
Posted by ぁぃ♂ at 2012年01月04日 19:44
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